【感想】”この世界の片隅に”は、どの戦争映画よりも胸に刺さる

この記事を書いている2016年12月8日、真珠湾攻撃から75年を迎えた。

映画の公開直後から「絶対に見に行くべき」とSNS上で話題になっていた”この世界の片隅に”を見に行ってきた。自分は映画を見に行く事はほとんど無い。今年大きな話題になった「シン・ゴジラ」も「君の名は」もまだ見ていない。最近見に行った映画といえば小学生の娘に連れられて見に行ったアリス・イン・ワンダーランドの続編くらいのものだ。

そんな自分だが、何故だか「見に行かないといけない」という気持ちに駆られた。テレビでは様々な特集が組まれている。観客はしきりに「泣いた」と言っている。ブログのネタ作りというのも、もちろんある。だが、それ以上に予告編を見たときに訴えてくる何かがあったのである。

 

”この世界の片隅に”は戦争の悲惨さを訴えているわけではない。一途な純愛に切なくなる恋愛映画でもない。感動して涙が止まらなくなるわけでもない。

描かれているのは戦争という状況下にあっても、生きるうえでの笑い、楽しみと共にあった日常だ。ほのぼのとしたタッチで女優のんが演じる”すず”が、戦争という運命に翻弄されながらも当時を懸命に生き抜こうとした様子が描かれている。この点が過去の戦争映画とは大きく異なる点だろう。監督はこの映画を作るために当時を体験した人たちに、何度も話を伺って取材をしたという。だからこそ、これだけ細かい街の描写ができたのだろう。

しかしそのように丁寧に描かれた日常の生活と、迫力ある空襲シーンのコントラストには息を飲むだろう。戦時下で日毎に配給が減っていく様子。空襲が次第に激しくなっていく描写。それは「これでもか」と押し付けられる凄惨な描写よりも胸に刺さるのだ。すずが描く色鮮やかな絵のシーンを中心に”パステルカラーの前半”と、物語が佳境に入って空襲シーンや焼け野が原が増え”茶褐色の後半”は、同じ映画とは思えないくらいに変化する。この変化はどの戦争映画よりも自分の胸に突き刺さった。様々な人の運命を変えた戦争が無ければ「良かった」はずなのにと。

そして映画の予告編で流れている、すずが手を突いて涙を流す印象的なシーン。このシーンは自分としては意外なシーンで使われている。このシーンにただボーっとしているわけではない、すずの芯の強さを垣間見ることができるだろう。

この映画がなぜ予想を超えるヒットをしたのか?

それは決して見る側に主観を押し付けないということが大きな要因ではないだろうか。”この世界の片隅に”は人によって様々な受け止め方があるだろう。100人いれば100通りの解釈があるはずだ。見た人がどんな受け止め方をしたのかを共有したくなり、広めていく。こうして駄文を書いている私もそのうちの一人だ。

さらにこの映画にはリピーターが多いというがその点も納得ができる。結末がわかっているからこそ、2回目には見れなかったポイント、人物描写など、人によって視点は

様々変わってくるだろう。例外ではなく、自分も2回目を見たくなった。それだけの価値がある作品だ。

未見の人は、ぜひ映画館で見てほしいと思う。

P.S

真珠湾攻撃から75年ということはウチの親父の誕生日なのである。終戦から3年して生まれた親父はいわゆる”被爆2世”だ。せっかくだからお祝いをしておこうと思い、普段は打ちもしないのにメールを打つことにした。

「誕生日おめでとう。あと、いつもありがとう。長生きしてください」

と、打ち込んでいたら映画のシーンがフラッシュバックして涙が止まらなくなってしまった。

後からくるとか、ずるいわ、この映画。

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